【 -第8回- 2012年1月10日号】
10年以上前でしょうか。ある弁護士から相談がありました。
「依頼人の不動産を処分してほしい」
話しを聞くと、借金の返済に困った依頼人(Xさんと呼びます)が不動産の売却を弁護士に相談したそうです。
これだけの話だと単なる不動産の売却ですが、ところが、内容がちょっと変わっていました。
まず、不動産の名義がすでに亡くなっているXさんのお母さん名義のままだったのです。
売却するには、Xさん名義に所有権の移転登記を行わない事には売却ができません。
相続登記というものです。
Xさん名義に移転するには、遺産分割協議書という書類を作成し、相続人全員からXさん名義に移転することを了承した旨の実印と印鑑証明書の添付が必要となります。
亡くなったお母さんの相続人はXさんとXさんのお姉さんの2名。
Xさんのお姉さん(Zさんと呼びます)からXさん名義に移転する旨を承諾してもらえれば、移転登記できます。
元々、不動産を売却することになった借金はZさんの結婚費用のための借金だったらしいのです。
Zさんはある港町の漁師の網元の家に嫁ぐことが決まり、お母さんが「娘が立派な家に嫁ぐのだから」と、嫁ぎ先に恥をかかないように、我を忘れて着物やタンスなど、嫁入り道具を用意するために借金しまくったということです。
そんな理由での売却ですから、比較的簡単に遺産分割協議に応じてもらえるものと思ってZさんを訪ねました。
Zさんは網元に嫁いだのです。
しかも、何百万円の着物や家具を持参してです。
映画やドラマに出てくるような大きく、威勢のいい若者が出入りして活気がある家を想像してしまいます。
ところが、実際にZさんの家に行ってみると、船がない。というか、海が近くにない???
家自体も昔ながらの昭和シリーズのジオラマで見るような長屋です。
この家のどこに何百万円の家具が入ったのかすら不思議でした。
Zさんに話を聞くと本当のところはZさんのご主人の遠い親戚に網元がいたらしい?のですが、親には嫁ぐ家が網元というちょっとした嘘からこんなことになってしまったというのです。
もちろん、Zさんの家には亡くなったお母さん、弟のXさんが訪ねて来たがったらしいのですが、何かと理由をつけて、一度も来させなかったそうです。
「桐のタンスや着物は家に入らないので外で野ざらし状態だったのですが、雨や風でボロボロになったので昨年捨てました」
という話を聞いたときには一瞬めまいがしたことを今でも覚えています。
結局、Zさん自身も生活が苦しいので、不動産を売却した際にはいくらかお金を欲しい旨をXさんに伝えてほしいという伝言を預かって帰りました。
さて、この事実をどのように伝えるか悩んで、弁護士に話したところ、「Xさん自身も不動産に抵当権が設定されている金融機関以外にも、かなり怖い方面からもお金を借りているみたいで、お姉さんのことをありのままに話しても、それどころではないと思うよ」
というなんとも頼もしいアドバイスにしたがって、Xさんに話したところ、弁護士の言う通り「とにかく、不動産が売却できれば、何でもいいから。一刻も早く処分してくれ」の一点張りです。
最終的にはまず、弁護士が不動産に設定されていた抵当権の抹消について抵当権者の金融機関と話をつけ、抵当権解除の合意ができました。
お姉さんのZさんとは、売却後の手元に残ったお金からXさんが直接、お金を渡すという事で合意しました。
Xさん自身は、当初勤務していると言っていた会社はすでに懲戒免職となっていました。
不動産の売買が終わったら「オレ、そのまま消えるから」
「お金は現金で用意してくれ」
との希望です。
そのまま消えると宣言している人が売主ですから、万一、書類に不備があったりして、所有権移転登記ができなくなったら大変です。通常の何倍も神経を使って、何度も確認して決済を行いました。
それから、2、3年後でしょうか。とある駅に向かって、近道をしようと公園を横切っていたところ、スポーツバックをもった浮浪者風の男の人が花壇の横に座っていました。Xさんです。声はかけませんでしたが、Xさんの爪の長さと汚れがすべてを語っていました。
人は、なかなか消えるのは難しいようです。
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