思い出と反省

【 -第39回- 2013年4月1日号】


先日、弊社竹内が子供の頃、自宅の塀をブロックで積む作業に見とれて、「将来ブロック屋さんになりたい」と七夕の短冊に書いた思いで話をブログに書いていましたが、私も今でも事あるごとに思い出す出来事があります。

小学6年生当時、私の一番の楽しみは毎週月曜日に発売される“少年ジャンプ”を読む事。
もう毎週、日曜日になるとソワソワしていました。

そんなある土曜日に母親と近所のレコード屋さんに行きました。
レコード屋さんというのも昭和を感じますが、私の住んでいた横浜の片隅の街には2軒のレコード屋さんがほのぼのとした雰囲気で営業していました。

そのレコード屋さんはレコード以外にも楽器や化粧品も売っているような、よろずや屋的な感じのお店で、現在も当時のご主人の息子さんが継いで、ほぼ同じ感じで営業しています。
そんなレコード屋さんの店先では少年ジャンプや少年マガジン、週刊プレイボーイなどの雑誌がスタンドに立てかけられて売られていました。

母親の買物に付合って、支払いのためにレジに行き、ふと横を見ると、茶色い紙に包まれた雑誌の束が目に入りました。
気になってじっくり見ると、紙の破れ目からいつも見慣れている“少年ジャンプ”のロゴが!
すかさず、ご主人に「これは、次のジャンプ?」と聞いたところ。「そうだよ」と返事がありました。
こんな感じのやり取りの後、ジャンプを売ってもらいました。

もう、狂喜乱舞、テンションMAXになったことを覚えています。

その後、小学校6年生なりのリサーチの結果、そのレコード屋さんには月曜日発売の“少年ジャンプ”が前週の土曜日の夕方3時以降に届くことがわかりました。

それからは、毎週土曜日の午後には、月曜日発売の“少年ジャンプ”をキリンレモンを飲みながら読む、小学6年生なりの至福の時間を過ごしたのです。

ビンのキリンレモンの栓を抜く時に、「大人になったら、キリンレモンではなくキリンビールの栓を抜き、ビールを飲みながら何を読むのか」
などと、いつも思っていたことを覚えています。

肝心なことは忘れてしまうのに、このようなくだらない事ばかり覚えています。

ここからが、本題になるのですが、私にとってこの思い出は後悔や反省になっています。

もし、TSUTAYA社長の増田氏が小学6年生当時、自分と同じ状況になったら、自分で読んだ後、友達に貸して貸本でお金を稼いだかもしれません。
当時の“少年ジャンプ”の人気を考えると、発売日前に読めるなら、時間貸しでの貸本は十分需要があったことでしょう。

もし、ソフトバンクの孫氏が小学6年生当時、自分と同じ状況になったら、レコード屋さんのご主人と交渉して、土曜日の入荷と同時に入荷分全部を買い取って、プレミア価格をのせて売っていたでしょう。
もちろん、買い取るための元金も友達から一時的に借りて、自分の懐具合は関係なく商売していたと思います。
そして、そのレコード屋さんだけではなく、他にも土曜日に入荷するお店を探して、街中の“少年ジャンプ”を土曜日中に買い占めていたことも想像できます。

もし、本当にこの世の中を良くしようと考えている政治家やボランティア精神に基づいて日々行動できるような人が小学6年生当時、自分と同じ状況になったら、自分と同じように“少年ジャンプ”に熱中している友達に渡して、楽しさや喜びを皆で共有していたかもしれません。

ところが、私は、本来の発売日の2日前に手に入った“少年ジャンプ”を一人悦に入りながら、自分だけで読んで満足していたのです。

そして、現在、事あるごとに「もしやこれは、少年ジャンプと同じことをしていないか」と不安になります。
新たなビジネスチャンスを逃していないか。
楽しみや喜びを共有せず、一人ニヤニヤしていないか。

大丈夫か?
小学6年生の過ちを繰り返していないか?
自問自答が続くのです。

ところが、小学6年生以降、自分の中で“少年ジャンプ”級の後悔は今のところない。
これは、過ちをしていないのではなく、過ちに気づいていない?

結局、「三つ子の魂百まで」、子供の頃の習性は大人になってもかわりません。
だから、増田氏にも孫氏にも政治家にもならずに、平凡に日々暮らしています。

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