ストーリー

【 -第84回- 2015年6月14日号】



先日、クシャクシャになっている1万円札を受取りました。
お札のシワを手で伸ばして、渡されました。
上手に表現できませんが、そのクシャクシャのお札が、いとおしく感じたのです。
新札では感じる事がないであろう奇妙な感覚です。

日本では、お祝い事などではシワのない、きれいなお札を用意するのが礼儀です。
クシャクシャのお札などもってのほかです。
一般的に高級店と呼ばれるようなお店で受取るおつりは新札です。
お客様へ失礼のないように、常に新札を用意しているのでしょう。

確かに新札を受取った時には気持ち良さとか、礼儀ただしさを感じるのですが、「ただのお金」なんです。
もちろん、お金はお金。千円札は千円。一万円札は一万円。の価値なのですが、クシャクシャのお札から、新札時からいろいろな人の手に渡ってきた過程と言うか、旅の苦労のようなストーリー性を感じてしまったのです。

もしかすると、クシャクシャのお札を通して、お金を稼ぐ苦労などを勝手に想像して、そこにストーリー性を感じていたのかもしれません。

だとしても、自分はクシャクシャのお札がいいな。

待てよ。これってヴィンテージ好きということかな。
と思ってしまったのです。
ヴィンテージ好きが言う「味わいがある」というのは新品の時から年月を重ねてきた、ストーリー性のことです。
時間の経過はお金で買えません。だからこそ、時を経た物に価値がある。
ヴィンテージ好きの人達には時の経過、ストーリー性がたまらないのです。
興味のない人から見れば、ガラクタのような物にストーリー性を感じてしまうのです。

当社のオフィスもバナナのムロ(倉庫)でした。
フィリピンや台湾から運ばれてきたバナナをムロで熟成させて市場に出していたのです。
現在は流通システムが進化し、熟成期間がなく市場にでることで、ムロの役目が終わりました。
ムロを壊してしまえば、このストーリーは終わりです。
でも、今、このムロはムロの状態を極力残したまま、当社のオフィスとして、ストーリーは続いています。
以前の中区海岸通のオフィスもペリーが上陸した場所で歴史のある建物の中にありました。

物自体がストーリーを語る事はありません。
所有者や周りの者が楽しい事や素敵な事だけではない、辛い事や悲しい事も含めたストーリーを作っていくのです。

結局、なんだかんだ言ってもストーリー性のあるもの。が好きですし、ストーリーの語り部になりたいと思っています。

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