評論家と実践者

【 -第66回- 2014年5月12日号】



私、車が好きです。
昭和の人間ですから。
厳密に言うと車雑誌が好きでした。
毎月3〜4冊の車雑誌を30年以上購読していました。
雑誌で取り上げられた車の情報を基に、毎日頭の中では次の車は何にしようか妄想していました。

ところが、ここ何年かは車に対するモチベーションがあがりません。
世間全体の車に対する批判的な雰囲気か自分自身の意欲の低下か、わかりませんが、車雑誌を購入することもなくなりました。
車雑誌を購入しなくなった理由の一つは、車ジャーナリストの記事が面白くないからです。

最初に車雑誌を購入した30年以上前から今まで、記事の内容はほぼ同じです。
まずは、試乗した場所やメーカーの現在の状況の説明、続いて車のスペック(技術、装備などの説明)の紹介、そして、お決まりのボディ剛性がどうのこうのという主観的な感想となります。
また、車とは一見関係がない、名著にある一文を入れて自分の知性をひけらかすジャーナリスト(車雑誌)もいます。

例えばこんな感じです。
イタリア製F社のオープンカーの試乗の場所として、このトスカーナ地方は申分ないだろう。
ほほを打つこの地特有の風、車の性能を引き出せるワインディングロード。
期待する心を落ち着かせて、ぼくは車のイグニッションをオンにした。
最近のF社の業績はいたって好調のようだ、昨日のレセプションパーティーでのセールス担当部長の自信に満ちた表情からも伺える。
さて、このF社の新たなオープンカーは○○にも搭載されているエンジンを○○にチューンし、○○回転で○○馬力を発生させる。トルクにいたっては、○○である。まるで一昔前のGTカー並みの能力をこの車は備えているのである。
実際にトスカーナのワインディングロードを100m走らせるだけで、この車の素晴らしい素性がわかる。そしてこの動力性能を十分に生かすシャーシー剛性も劇的に進化しているのがわかる。
とにかく、コーナーからコーナーへ向かうのが楽しくてしかたないのだ。
車幅が2m近くあるこの車が、ドライブした瞬間から小さく感じるのだ。
昨今の地球環境ではこのようなスーパースポーツカーはますます居所が難しくなるだろう。ただ、ぼくはトスカーナの風にあたりながら、詩人ランボーが放った「道徳なんか脳みその堕落でしかない」という一節を思い出したのだ。

以前、コラムでマンション販売のキャッチコピーのポエム化について書きました。
「この聖域は、総てのDESIREを満たす。」
「扉の向こうに、完全なる小宇宙が広がっている。」
都心の高級マンションを形容する華やかなキャッチコピーは、過剰とも思えるほどに情緒あふれたその文体から「マンションポエム」と呼ばれる。

マンション販売のポエム化は、少なくともマンションの魅力を感じてもらいたい意図が伝わりますが、昨今の車雑誌の記事は車の魅力を紹介したいのか、自分の立場や知識をひけらかしたいのか、わからなくなります。

そんな車雑誌全般に対する不信感がつのっている中、とんでもない車評論がありました。
現行日産GTRの元開発者水野和敏さんの車評論です。
にわか評論家が真っ青になること間違いないような、自ら車を開発してきた実践者からみた車評論です。
次回のコラムでは私がびっくりした水野和敏さんの評論についてお話したいと思います。
つづく

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