偉人達に学べるのか

【 -第189回- 2019年4月8日号】





イチロー選手が引退しました。
レジェンド中のレジェンド。
日本プロ野球史上最高の選手です。
イチロー選手が記者会見で語った様々な言葉はそれぞれに重みがあり、「さすがイチロー選手」と感じました。

会見を見ながら感動している一方で、こんなことも私は思っています。

自分のレベルの範囲でしか、物事の評価と言いますか、凄さがわからないと。

スキーを始めて3日目くらいで、緩斜面をゆっくりと降りてこれるレベルの自分から見るとスキー技能検定3級も1級もデモンストレーターも一緒のレベルに見えてしまいます。
これは、自分が1級のレベルになっても同じで、そのレベルからしか理解できない範囲があります。

人それぞれ理解の範囲があるから、一流レベルにいる人は、普通レベルの人にはわからない、凄さがわかって、それが例え子供のプレーであっても将来的な目利きができる。
(もちろん、プレーは普通レベルですが、目利きの能力が優れている人もいます)

そう考えるとイチロー選手のような超一流レベルの人から語られる言葉は、凡人には理解できていない言葉もあるはずです。

そんなことを考えながら、今回のコラムは一流レベルの人達から語られる話に「ほんとうなのか、どうなのかわからん」とツッコミを入れてみます。

よく聞く話。
「結果は関係ありません。大切なのは、過程なのです」

たぶん、これは本当ですし。真理です。

でも、これは、成功した、結果を残した者だからこそ言える話でもあると思うんです。
結果を残せなかった者が「過程が大切でした」と言ったところで、説得力がありません。
負け犬の遠吠え的なものになってしまいます。
過程を語ることは、難しいのです。
過程の大切さは、あくまでも成功と対だと思っています。

どうしても、私は直近的な位置からしか発想できないから、こういうちょっと意地悪な考えになるかとも思います。
これも凡人レベルの理解の範囲ということです。

ただし、私のように直近的で積み上げ型の発想でも「過程」を「小さな成功」と置き換えると理解できます。

ちょっとした成功体験が喜びを知り、自信がつく。これを繰り返すと大きな成果に繋がる。

息子の学校の懇親会に出席した際、担任の先生が「文化祭、球技大会、合唱コンクールなどの行事での入賞経験をバカにしてはいけない」
ちょっとした入賞体験が積み重なって、成功体験になり、それが成人になる頃には大きな経験になるような話に共感したことがありました。

失敗や辛いことには目をつぶり、小さな成功体験を記憶して過ごしていく。
これが、凡人レベルの生きやすさ。
だと思っています。

これもどうかなという話があります。

「迷った時は困難な道を選ぶ」

間違いではないのでしょうが、無理だろうよー。
と思ってしまいます。

あなたのバックボーン、実家が裕福であなたの周りが協力的なら「困難な道を選ぶ」でもいいと思うのですが、そうでなければ、キツイです。
今の世の中、一度大きな失敗をすると立ち直るのが難しいです。これホントです。
困難にも程度の差があります。
自分を律する。という意味での困難なら選ぶべきでしょうが、大勝負をかけるような場面で困難を選ぶドM的な行動は周りにも迷惑をかけます。

まあ、こんな発想なので凡人ポジションで甘んじているのですが、素晴らしい言葉であっても、自分なりに解釈して、取り入れることが大切なのではないかと思うのです。




追記・・・・・
ネットフリックスで、しばらく中断していたピーキー・ブラインダーズをあらためて見ています。
20世紀初頭イギリス・バーミンガムのギャンググループの話ですが、主人公のトミーは決断、実行の連続です。
自分の立場や状況、成功の可能性を考え、目的のためには誤解・非難をおそれず、躊躇なく実行する。
毎日、1話ずつ楽しく見ています!

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