雪の思い出

【 -第60回- 2014年2月17日号】




2週連続で大雪が横浜に降りました。
雪が降る毎に1日中雪かきをして、インナーマッスルを鍛えています。
何事もポジティブに考えなくては、つらすぎます(笑)

私、大学時代はスキーのクラブに所属していたので、雪やスキーに関する思い出は、それこそ、山ほどあります。
なにせ、年間100日はゲレンデにいましたから。

今回のコラムは大学4年生の時、福島県の某スキー場でインストラクターのアルバイトをした時の話をしたいと思います。
それまで、私はスキー場でインストラクターやホテルスタッフのような王道的なアルバイトをしませんでした。
横浜の遊び仲間とクラブ(踊る方ですよ)で働いたり、ゲレンデにあるお金持ちの別荘の管理人をして、気ままにシーズンを過ごしていたのです。

ところが、学生生活最後のスキーシーズンはマジメにスキーに打ち込みたいと、今までとは一転した気持ちになりました。
そして、知人の紹介で、福島県の某スキースクールにもぐり込みました。
後から知ったのですが、そのスキースクールはスキー道を追求していることで有名な老舗スクールでした。

レッスンの後、夜9時から毎日ミーティングです。
始めはレッスンについての反省や改善点について話していますが、そのうちスキー道について深夜まで議論するのです。
私以外のインストラクターは冬のシーズン以外はスポーツショップや肉体労働をしてスキーに飢えに飢えた状態でスキースクールに毎年戻ってくるのです。
100%ピュアなスキー愛をもった人達の集まりです。
そのようなマジメな人達の中に、ちょっとテンションの低い学生がいたのです。
それでも、何とか真面目にレッスンして夜はミーティングに参加していたのですが、ある日、もうミーティングに出るのが面倒になり、ミーティングをさぼり一人部屋でテレビを見ていました。
そうすると、スクールの先生達3人がスゴい形相で部屋に入って来て、敷いていた布団はひっくり返すは、押入れはあけるは、大騒ぎです。

正真正銘のガサ入れです。
そして何も言わずに引きずり出されるように連れて行かれると、「今日、オマエがレッスンした女性が部屋に戻っていないとスクールに連絡があった。
きっと、オマエが部屋に連れ込んでいるのだろう」「ミーティングにも来なかったしな」などと質問攻めです。

この老舗スキースクールは色恋に関しては特別きびしいのです。
万一、生徒から連絡先を聞かれて、自宅の電話番号を教えたりしたら大問題です。
連絡先を教えることですらオオゴトですから、部屋に生徒を連れ込んだら、それこそリンチにあってもおかしくありません。
もちろん、私には身に覚えがないことですし、説明していると、いなくなっていた女性が戻ったとスクールに連絡がはいりました。
ところが、一度振り上げた拳は、さがりません。
その後もスキーに対する姿勢や私の今後の人生について、延々とお説教が続きました。
何とかクビは免れましたが、知人の紹介で入れてもらった手前、夜逃げもできません。
それからは、今まで以上に修行の日々でした。
しかし、何か一つの事に情熱を注いでいる人達は、とても純粋な部分が多いようです。
私も気持ちも入れ替えて、マジメにスキーに接し始めたので、徐々に和らいだ雰囲気で付合ってもらえるようになりました。
そんなかんやで厳しく鍛えられながら学生最後のスキーシーズンを過ごしました。
大学生時代400日位スキー場で過ごしたのですから、楽しいこともいっぱいあったのですが、辛かった思いでの方が記憶に残るようです。




追記・・・・・
当時、80年代のスキーブームは異常でしたよね。
苗場プリンスホテルの駐車場から夕方出ようとしたら、駐車場内渋滞で翌朝にやっと出口にたどり着いたなんて話を聞きました。

嗜好や趣味が多様化した今の若者には、まったく想像もできない現象だと思いますし、皆が「同じ価値観で一方方向に向かう」こんなブームは、二度と起きないでしょう。

大学卒業後、スキーから遠ざかってしまったのですが、お一人様スキーを始めたいと妄想しています。
昔に比べて、短くなったスキー板、快適に履けるスキーブーツ、保温性のあるウエアを買って、そして、安全のためにヘルメットをかぶる。
ところが、家族からは、反対されています。

SNSでスキー動画を観まくって、イメージはできあがっているのですが、いかがでしょうか。

娘いわく、「イメージと体が一致しない」最も危険な状態とのことです…。

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