1982年5月6日

【 -第227回- 2020年10月12日号】





先日、TBSのアーカイブ番組を放送しているチャンネルで1982年5月6日のザ・ベストテンを放送していました。

ザ・ベストテン知ってますかね。
レコード売上、有線放送リクエスト、ハガキでのリクエストから1週毎に順位をつける大人気歌番組でした。
リアルなベストテン世代は45歳以上でしょうか。

82年、私は高校2年生でした。
私のザ・ベストテンの思い出は中学生の時。
原田真二や久保田早紀(知らない人多いでしょうね)がヒットしていた時代です。

昭和は、テレビは一家に一台。居間にある。
家族みんなで集まって、テレビを観る。
チャンネル権限者が観たい番組を観る。

そんな時代です。
だから、ザ・ベストテンに登場するような流行歌は、おじいちゃんから孫まで、いろいろな世代の人が聞いていました。
好き嫌いに関わらず大川栄策から松田聖子まで。
小学生でも「さざんかの宿」を口ずさめるし、ご老人でも「赤いスイートピー」を聞いていました。

82年のザ・ベストテンを妻も一緒に観ていたのですが、3学年違いの妻とは生まれた場所も環境も違うのに、登場曲ごとに昔話で盛り上がれるのです。
それも、10曲全部の唄で。

さまざまな世代の人たちが、同時代に聞いて、覚えている。
そういう時代背景があるから、誰もが知っている国民的な大衆唄・流行り唄が生まれたのでしょうね。

ところが、ウォークマンなどの登場から、唄は一人で自分が好きなものを聞く時代になりました。
若者は演歌を聞きませんし、ご老人は歌謡曲を聞きません。
自分が選択した唄だけを聞きますから。

ひとりひとりが、好きな(今や選曲はAIがしてくれる)唄をイヤホンで聞いていれば、当然40年後に夫婦で、同じ唄を聞いて盛り上がることは、難しいと思うのです。

今は、昔よりもさまざまな情報が共有化されているようにみえますが、自ら選択した範囲で共有されているだけですよね。
10代の子たちは、さぶちゃんファミリー大江裕の唄を聞く選択がありませんもの。
そんなことから、昭和は世代を超えた情報があった時代だったなぁと、82年のザ・ベストテンを観ながら思ったのでした

ちなみに、82年5月6日ザ・ベストテンの第1位は…。
近藤真彦の「ふられてBANZAI」
マッチは私と同じ年。そして、彼は横浜市のお隣の大和市出身。
当時のマッチと言えば、「生意気なお調子もの」
そんな感じの記憶でしたが、そのとおりの登場の仕方でした。
しかし、今みると、本当のワルは司会の久米宏でした。
マッチを煽って、生意気なことを言わせているのです。
たちがワルい大人です。




追記・・・・・
当時のザ・ベストテンには登場しなかった、いや、テレビにほとんど出なかったシンガーたちがいます。
大瀧詠一や山下達郎など、今、シティポップと呼ばれる曲をつくっていた人たちです。

もう何年も前から、世界規模で80年代の日本のシティポップが流行しています。

一度、YouTubeで「plastic love」と検索してください。
世界中のシンガーが日本語で竹内まりやの「プラスティック・ラブ」を歌っています。
印象的なベースライン。一発でわかるカッティング。ループされるグルーヴ感。もう、胸アツで、涙目で、毎晩爆音で聞いています。
みなさんも、まずは、インドネシアのユーチューバーRainych(れいにっち)の耳障りのいいカバーから聴いてみたらどうでしょうか!

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