価値観が合う

【 -第238回- 2021年3月8日号】





ひと昔前には、有名人の離婚会見で「お互いの価値観が合いませんでした」と良く聞きました。
最近は、理由は言わずに、お互いの今後にエールを送り合うような言葉が多いようです。

ところで「価値観」とは何なのか。

一般的には、行いや思考、ものについての接し方、考え方。
簡単に言えば、好きか嫌いか。
共感できるか許せないか。
こんなところでしょうか。

安易に使っている言葉ではありますが、「取扱注意」だと思っています。

そもそも、価値観が合う、合わないを個別に判断しすぎるとわからなくなる。

私と妻との関係で言えば、趣味や好みでは、とても価値観が合っているとは言えません。
インテリアから服装の趣味まで広い範囲で違います。
私は、家に置くささいな備品一つをとっても吟味し、納得したものを置きたい。
ところが、妻は吟味も一貫したテイストも関係ない。
結果、我が家は100均商品だらけとなっています。

私にもこだわりの理由があるように、妻にも100均商品を使う理由があります。お互いに話し合ったわけでもなく、自然とキッチンや洗面所などの水廻り関係は妻のテリトリー、リビングなどは私のテリトリーに区分けができています。

インテリアが同じ趣味性の夫婦がいたとしても、個別に考えれば、違うことがあります。

そう考えると、価値観が問題になるとすれば、「違い」ではなく「押し付けた」時ですよね。
自分の思考や考えを相手に押し付けた時に問題が発生する。

同じようなDNAで同じような環境で育った兄弟であっても、趣味・嗜好は異なります。
人それぞれが違って当たり前です。

私は、どっぷりと「価値観が合う」と思ったり言ったりする人は、価値観に爆弾が隠されていることを知らないだけだと思っています。
押し付けられた時に起爆装置が作動するのに…。

本当は、「価値観が合う」より「互いのことをわかり合う」だと思うのですが、言うは易く行うは難し。
決定的に許せない部分以外は寛容するくらいでいいのではないか。と思います。


ちなみに、汚い食べ方とレースのフリル付きの服。
許せません。 幸いにも妻は、きれいに食べて、フリル付きの服を着ないので、落ち着いた日々を過ごしています。




追記・・・・・
ある日、人付き合いが苦手な私に、変えたい願望が芽生え、「誘われたら断らない。苦手なタイプの集まりでも参加する」を実践したのですが、もう修行でした。
5年間くらいは、がんばりました。

そして、今、「いまさら、つらい付き合いはしない。交友関係狭く、自分勝手に楽しく生きる」なんて悟りに達しました。
仕上がった価値観や嗜好を変えるのは難しいですし、どうせなら、自分の好きな方向にエネルギーを使ったほうがいいですよね。
だから、変えるより、違いをわかればいい。
そんな風に思います。



最後に蛭子さんの名言をご紹介します
「友達は自由を束縛する邪魔な存在」
さすが!振り切ってます、笑

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