ちょんまげ

【 -第242回- 2021年5月10日号】






今回のコラムは、令和のちょんまげについて。

20年ほど前でしょうか、髪を伸ばして、後ろでまとめている年配者を見かけることが多々ありました。
当時はキムタクの全盛時、若者もロン毛が多かったと記憶していますが、キムタクのロン毛と年配者たちのちょんまげはビジュアル的にリンクしていませんでした。

それで、最近また、チラホラと70歳を超えているような年配者のちょんまげ姿を見かけます。
以前流行っていた時から継続して、ちょんまげ姿なのか、コロナ禍で髪を切らずに、ちょんまげが結えるようになったためか、わかりません。
たまたまなのか、リバイバル人気なのか不明ですが、年配者たちに、ちょんまげブームがきてる気配を感じます。

昔から感じていたのですが、今見ても、年配者のちょんまげ姿は、違和感があります。

なぜ違和感を感じるのか?
私なりに分析してみました。
いつもながら、くだらないことを考えています。

まず、ちょんまげと服のテイストがリンクしていない。
本来、ちょんまげとは反体制的、不良性の表現の一つのはずなのに、着ている服は、昔のゴルフウエアみたいなポロシャツに、意図しないユルシルエットのジャケットを羽織り、まるで町内会の打ち合わせに行くような格好では、サマになりません。

次に、ちょんまげと顔まわりに統一感がない。
例えば、眼鏡。
何十年も替えていないような、四角い形のメタルフレームは、ちょんまげには似合いませ ん。
また、遠近両用がはっきりとわかるようなレンズでは、ちょんまげも泣けてきます。

そして、無精髭もマストではないでしょうか。
できれば、ほっぺまで覆う、木こりのようなひげを、たくわえてもらいたいところです。

これを言っては、おしまい的な話ですが、年配者のちょんまげ姿は清潔感と対極のところにあります。
ワックスでウエット感をだしても、若者と違い年配者は、「何日、頭洗ってないの」的に見えてしまいます。
そのうえに、加齢からくる薄毛も避けられません。
地肌が透けるようなちょんまげは、貧相さ丸出しです。

結局のところ、セルフコーディネートの一部として、「ちょんまげ」があるべきなのに、
つまみ食い的に「ちょんまげ」に手を出すから、チグハグ感を与えてしまうのでしょう。

そして、それは、容姿だけの話ではなく、生き方と「ちょんまげ」がリンクして、はじめて本物の令和のサムライになるのです。

ところで、ちょんまげとリンクした職業って何でしょうか。
格闘家? ヨガインストラクター? 料理人? バイク店オーナー?
いずれにせよ、スーツにネクタイ着用の仕事とは、一番遠いところにいる方々ですよね。

ご近所に、定年後、1年中アロハシャツ姿でウクレレを弾いている、ちょんまげ御大がいます。
どうみても、寅さんの蛾次郎にしか見えません。
ちょんまげのハードルは高いです。




追記・・・・・
インテリアでもファッションでも「雑多な感じなおしゃれ」って最高難度なんです。

ちょんまげって雑多のトップ オブ トップじゃないですか。
そもそも、一般人がちょんまげに手をだすこと自体、ご乱心なわけです。
「自分がよければ、それでいい」って本当でもあるし、違っているとも思うのです。
どう見られるかって、結構大事ですし。
そこ意識したいです。

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