不味い店

【 -第221回- 2020年8月1日号】





コロナ禍の中、飲食店を経営されている皆様は、本当に大変な思いをしていると思います。

そんな最中に前回のコラムの流行る店に続いて、今回は不味い店についてです。


ある人は、この店の料理は美味しいと感じるのに、違う人は、不味いと感じる。
美味しい、美味しくないの判断は人それぞれ違う。

500円の料理しか食べたことがない人が、3万円の料理を食べて「不味いと思う」これは、本当に不味いと思うのではなく、いつもより60倍のお金をだしたのに60倍の美味しさがないと感じているから。

反対に500円の料理に1万円のクオリティを求める人がいる。
能書きは、ほどほどにしてほしいヤカラもいる。


そもそも、スマホの画面を見ながら食事をしている人は「美味しい、美味しくない」など気にしていないだろう。


そんなことが前提にあるとしても、

誰がどう言おうが、不味い店がある。

どうしたら同じ食材、調味料を使って料理して、こうも不味く作ることができるのか。

味付け(料理)はセンスだとは思うが、料理人としてお客さんに提供する料理の最低限のレベルを遥かに下回る食べ物をだすお店がある。

いつも不思議でしょうがなかった。

そこで、ある仮説が思いついた。

「店主が美味しいものを食べたことがない」

料理に無頓着な母親の料理で育ち、料理に興味がないけれど、生きる手段として料理人になったような人が店主だとしたら…。
料理には興味がないけれど、自立心がある人が料理店を商うこともある。

そして「不味い店」ができてしまうのではないか。
そんな「不味い店」で働いた、これまた料理に興味がない人がお店を開いたら、また一つ「不味い店」ができる。
「不味い店」のループ化である。

そんなことをおもいながら、これは「不味い店」の話だけではない。
「ヤバい不動産屋」「いい加減な工務店」等々、我々の業界も同じではないか。と思ってしまった。
不動産や建築に興味はないけれど、生きる手段としてこの業界にいる。
誰もが働かないと生きていけない。そのために仕事に就いている。
それ自体はまったく問題はないけれど、興味だったり、好きな気持ちがないと美味しい料理はできない。


車のディラーを訪問しても、同じようにおもってしまう。
国産車販売店の営業マンとマイナーな外車販売店の営業マンでは「車愛」が明らかに違う。
安定的な就職先として選んだ感がある営業マンと車が好きで働いている営業マンとの違い。
車という商品を売るだけだから、興味がなくても好きでなくても関係ない。というのもわかるけど、私はやっぱり車を買うなら、車を好きな人から買いたい。

百貨店で働いている人たちも同じように思ってしまう。
特に年配の男性社員の人たち。
最低限の商品知識もなく、接客はパートらしき女性に任せる。
同じモノを買うなら百貨店より「モノ愛」のある専門店で買ってしまう。

興味がある。好きだ。などと言っていては、規模(販売数、販売高)が限られてしまうかもしれない。
しかし、ネット社会の今であっても、人と人との触れ合いはなくならないし、その時にはお互いが好意をもてる瞬間があるようにしたい。

いろいろと書いてはみたが、結局のところ
「不味い店」はヤダ。 不動産や建築に興味や好きな気持ちをもって日々過ごしたい。




追記・・・・・
最近、つくづく不動産や建築が好きだと思っています。
で、好きなのはいいとして、
量と質、どちらを目指すのか。
私個人としては、量の拡大より質の向上を目指した商いをしたいと思っています。


近々、横浜空間をもっと絞ったお住まいをご紹介するサイトにリニューアルします。
ニッチなマーケットですが、好きなんだからしょうがない。
年内には、リニューアルを完了したいと考えています。
引き続きよろしくお願いいたします。

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