壊れた時計問題

【 -第253回- 2021年10月19日号】





「壊れた時計でも、1日に2回は合う」

流行りに関係なく過ごしても、流行りの周期が一周すれば、勝手に合ってくれる。

35年前から同じラグビージャージを着ている友人が、今トラッドの流行に合わせて、店頭に並んでいるラグビージャージを横目で見ながら、ドヤ顔で色も生地も極薄になったラグビージャージを着ている。

厳密に言うと、今のラグビージャージと35年前のラグビージャージではサイズ感が違うはずだ。
ところが、古着ブームでもあるので、違和感のあるサイズ感でも着こなそうと思えば着こなせなくもない。

実のところ、これは「変わらない大切さ、変わる必要性」にかかわる大変重要な問題である。

同じことを同じ場所で変わらずやり続けるだけで、周りが評価してくれたり、流行りの周期が一周 してくることがある。
いわゆる「スタイルは変えちゃダメ」ってやつで、変えずにそれだけしていれば、一定数のオファー があるのである。

一方で、「続けるために変える」必要がある。
時代やニーズに合わせて、積極的に変える。
細かい改良を重ねてアップデートしていくやり方から、0からすべてを変えてしまうやり方まで、 いろいろな変化や進化をするのである。

そして、変わっても変わらなくても、どちらかが正解ということではない。

模範解答としては、「変わらない部分を芯に持ちながら時代とともに変化する」であろう。
秋元康さんが言う「カルピスの原液論」である。
水で割る飲み方、炭酸で割る飲み方、または、アイスにして食べるといったように、原液は変わらず、時代で飲み方を変える。

しかしながら、まったく変わらないことが評価されることも事実であり、
それこそ、自分や自社のスタイル、事業規模によって、選択すればいいのである。

私などは、変わらず一つの事を追求するような姿勢に感動してしまう。
「この道50年。まだまだです」なんてコメントを聞くだけで泣きそうになってしまう。

ところが、例えば、50年変わらないヘアメイクをしている女性がいる。
50年間同じ色のリップをつけ、同じような髪型をしていたりする。
これは、変わらずに何かを追求しているわけではなく、人生で輝いていた時代を引きずっているか、まったく考えていないかのどちらかである。

まあ、冒頭のラグビージャージと同じである。

変わらない素晴らしさには、深化を進化させていく努力が伴わないといけない。

そんなことを、早朝、愛犬の散歩時に、ゴミ出しをしていた前髪がクルリとあがりながら、同時にすだれみたいに垂れているご近所の奥様の髪型を見て思いました。
たしか、太めのロッドで前髪を上と下に巻いて、強力ホールド性のスプレーで固めるんでしたよね。
どうでもいい話ですけど。




追記・・・・・
変化とは、ちょっと違うのですが、流行ってどうでしょうか。
「流行を追う」って若干軽蔑というか、「軽い人ね」みたいなネガティブな雰囲気で使われることが多いような気がします。
私は、流行を追うことに肯定的であり、否定的でもあります。
年齢次第です。
20代なら流行りを追って、失敗を繰り返し、自分を知っていく。
これ、肯定します。
50代でも流行りを追って、ドヤる。
こっちは否定します。

流行りを追うことで、自分を知っていく。

変化も自らをわかったうえで、変わっていくことが必要かもしれません。

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